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レザークラフトコンテスト
「WORLD LEATHER DEBUT 2008」
出品作品
 

作品タイトル
「Time goes by, but the legend remains forever」

 

異常に長い記事です。
最後まで読めた方・・・あっぱれ!です。

 
 
作品に込めた気持ち

作品タイトル「Time goes by, but the legend remains forever」は、簡単な英語なので説明するまでもありませんが、「時が流れても(その)伝説は永遠に残る」という意味で・・・・この作品は昨年7月に逝去されたドン・キング氏に対する追悼の意を込めた作品です。

僕の彼への想いは去年、こちらで紹介した通りです。
ドン・キングの逝去以来、「彼への想いを言葉ではなく、今の自分の持てる限りを以って作品で表現したい、また、表現したらどんなものになるだろう?」という気持ちがありました。
同時に、その作品をジム・ジャクソンに見て欲しい、という気持ちもありました。
ジムは、僕が10数年越しで憧れて尊敬しているアーティストであるにもかかわらず、今では僕を「Good friend」と呼んでくれて、また、彼にとってドン・キングは父親のような存在でした。
だから「あなたの友人である僕が、あなたの父であるドン・キングへの追悼を作品にしたらこんな風になりました」というのを見て欲しかったのです。

しかし(時間的にも経済的にも)現実にはなかなか売り物ではないものを製作する余裕もなく(そういう理由でここ数年レザークラフトコンテストからもご無沙汰)今まで実現せずにいたのですが・・・・・でもドン・キングが亡くなって最初の「World Leather Debut」コンテスト、しかも開催場所はシェリダン、という事で、「これを機に何が何でも絶対に作りたい!」という思いが膨らんでいました。
   
製作の欲求と実現

そして偶然にも、今回僕を7年ぶりの「World Leather Debut」 への出品に駆り立てた理由がいくつも重なりました。
ひとつは去年製作したいくつかの作品の中に、特別な思い入れを以って製作した作品から「自分の技術や能力を超えた何か」を初めて感じ取れた事。つまり、気持ちや思い入れというものを作品で表現できるようになったかも、と実感できたのです。
あと、(サドル職人の基準ですが)一般的に弟子入り修行期間は5年間と言われる中、僕の弟子の大山が弟子入り5年目を迎えまして、この節目の年に「売り物とは離れた大作」というのがどういうものか見せたい、感じさせたい、できれば共同制作したい、という気持ちがありました。さらに、大山が新婚旅行でシェリダンに行く事も決まっていたので、この工房で2人で製作した力作を、シェリダンという聖地でジムと共に大山に見せてあげたい、という気持ちもありました(これは見事に実現したので、別の機会に紹介します)。
 
もうひとつ、僕の大切な革仲間が去年のWorld Leather Debutに初挑戦で見事優勝を果たしたこと。彼は僕よりクラフト歴も短く、製作に取り組む環境も決して恵まれているとはいえません。その作品も優勝にふさわしい立派なものでした。それに対し、クラフト歴も長くこれだけ恵まれた環境の工房を持っている僕が、出品すらしない・・・一体何をやっているのか?と、情けない気持ちになりました(彼は見事、今年も優勝しました)。
 
以上のような気持ちで悶々とモチベーションだけが膨らみ・・・でも時間がないというジレンマの中、応募締め切り前のギリギリの数週間ではありましたが、売り物を離れて製作に取り組める幸運にも恵まれ、念願叶ってドン・キングへの追悼作品を制作となりました。

「時計」という作品の選定とその理由

追悼作品を制作するにあたって、自分で書いたドン・キングへの追悼記事を改めて読み返しました。
そして・・・「やはりこれ以外にない!」と思ったのが「(電池ではない)機械式の振り子時計」。

時計は時の流れを象徴するもの。そして機械時計は大切に使う限り、ゼンマイを巻き続ける限り(電池がなくても)永久に現役でい続ける。
この事が、どんなに時が経っても彼への評価と伝説だけは、人々の間でいつまでも現役であって欲しい、という気持ちにリンクしました。
さらに・・・この時代の時計は、きっとドン・キングが生きてきた時代を共に過ごしてきた時計である事。
そして、あらゆる意味で圧倒的に合理的なクォーツ時計やデジタル時計などに押されて消えゆく、忘れ去られつつある機械時計だけど、合理性を超越した絶対的な魅力があり、一部の人の間で高く評価され、根強い人気がある事。これも、合理性に反するハンドメイドのサドルの魅力を極限まで高めたドン・キング、という想いにマッチしました。
そしてすべての機械時計というのは、分野は違っても「職人」の粋を集めた、ある意味「作品」である事。
また「時間」というのは、宇宙の周期を人類が人工的に区切って設定したものなので、機械時計のムーブメント(歯車部分)には宇宙の原理(公転や自転)が応用されているそうで・・・そんなところに天に召されたドン・キングというロマンチシズムを感じたりもしました。


 
そして最後に、振り子の機械時計というものの「存在感」。
今でも現役で使っている人は分かると思いますが(僕は工房で使ってます)、振り子が刻む「カッチン、コッチン」という音が、時によって耳に非常に心地よく、また非常に耳障りに響くわけで・・・これが僕には時計が自分(時計)の存在をアピールしているように感じる時があるのです。
現代の(時報以外に)音のない時計というのは「今何時かな?」と時計に目をやる時以外には、時計の存在を意識することはないと思うのですが、振り子の機械時計はいや応なしにその存在を意識させられるんですね。特に深夜の静寂の中で。
もちろんドン・キングの魂が僕の時計なんぞに宿ってくれるワケがないのですが、作業中に、時計の存在感に彼の存在感を(勝手に)重ね合わせて意識することによって、彼に失礼のない、恥ずかしくない仕事を心がけること、尊敬と感謝の念を忘れずにいる事ができると思うのです。

実際の製作

以上のように、我ながら呆れてしまうほどの一方的な思い入れを以って製作した時計なわけですが・・・完成してみれば、その姿は革で包んだただの箱に革で作った文字盤をくっつけただけ、みたいな、いかにも簡単にできそうなモノとなってしまい・・・ビックリというか、拍子抜けというか、ガッカリというか・・・。
 
   

でもね、本当に大変だったんですよ。
とにかく革で包んだ機械時計という(僕の知る限り)前例のないチャレンジでしたので・・・実を言うと作業時間よりも考え込んだり話し合ったり、図面を吟味したり・・・作業以外の時間の方が長くかかりました。工房の空気がとっても重かった・・・。
最初の木枠を作るところからつまずきました。
時計が完成の時点ですべての辺(コバ?)や角がピッタリ合わなければならない上、材料は木材、紙芯、革のミックス、しかも機械部分の針とゼンマイの軸の長さは変えられないので、厚みや長さを決めるのにコンマ数ミリ単位の計算と予測をした上で木枠を作る必要があったんですね。
そして コンマ数ミリ単位の計算と予測は、全てのパーツに、時計が完成する最後までずっとつきまといました。
しかもネジが来る部分には必ず木材を仕込んでそれをうまく革で隠さなきゃならない、というのも予想外に困難でした。革で木の板を挟んであっても、コバは縫って磨かなければならないので、コバ部分だけに帯状の革を仕込んだり・・・。
非常識に分厚い部分の手縫いとコバ磨きでは、弟子共々腕と手首を傷めまして・・・。
真鍮の塊を購入して自分で削り出して製作した金属パーツもありました。
他にもとても書き切れない手間と労力があったわけで・・・ 工房とホームセンターを何十往復した事か・・・。

残すところ振り子部分の扉だけとなり、最初に壁に掛けて「カッチン、コッチン」と振り子が振れる音を聞いたときは感無量でした。

そして最後、振り子部分の扉製作に2,3日かかり、取り付けて完成したときには夜が明けて朝になっていましたが・・・・・その場を離れたくなくて、眠いのに家に帰る気になれず、30分くらい眺めていましたね。

 
下心と戒め

完成が近づくにつれ、これほどの思い入れがあり、しかも尊敬する故人への追悼であるならコンテストに出品するのは本筋じゃないのでは?と思ったのですが・・・・・コンテスト会場で作品タイトルから、「ドン・キングへの追悼」という意味を感じ取ってくれる人に共感して欲しい、という気持ちがありました。
そして・・・「あわよくば優勝の名誉を」という、いかにもいやらしい下心・・・・。 コンテストに出品するなら、始めからそれを目的とした気持ちで取り組まなければいけませんよね。

で、その結果、「準」優勝というバチが当たったわけです。
元々コンテストがメインの目的じゃなかったからいいや、と思う反面、ドン・キングへの想いを込めた作品なのに不甲斐ない結果で大変申し訳なく失礼であるという気持ちもあります。
それともドン・キングという神様が「まだ甘いな」と戒めをくださったのかも知れません。
そう考えると「ドンに及第点をもらう為にもっともっと頑張ろう」と思えるワケで、優勝できなかったという結果が、ますます「かえって良かった」と感じてしまうのです。

達成感と感謝の気持ち

実は「達成感」は、予想外の形で実感する事となりました。
「追悼作品」という気持ちしかなかったので、ドン・キングに(この世で)見てもらうという発想はまったくなかったのですが・・・完成が目の前の時、弟子の大山が何気なくつぶやいた「ドン・キングに見て欲しかったですね」という予想外の一言に・・・思わず涙ぐんでしまい、(喋ると声が震えるのが目に見えていたので)何も言えませんでした。僕らの作業台はお互い顔が見えない配置なので、目が潤んでいる僕を知らない大山は、ご丁寧に「そう思いませんか?」と畳み掛けてきやがりまして・・・僕は正直に「しゃべると声が震えちゃうから・・・」と、すでに震えている声で返事をしたわけです。「天国のドン・キングもきっと見てくれてますよ」なんて言ってくれた生徒もいました。

今になって思うのですが、大山にこう言われて涙したというのは僕なりにドン・キングへの想いを出し切り、それなりに納得のゆく、または気が済む作品ができた証なのではないかと。
こんな作品を(弟子と一緒に)製作する機会に恵まれ、完成し、シェリダンの地に送り届ける事ができた事、現地でジム・ジャクソンにも大山にも、ドン・キングの遺族にも見てもらえた事、本当に幸運だと思って感謝しています。



 

最後に

この作品はドン・キングへの追悼作品として製作を始めたわけですが、(故ジョン・レノンが妻オノ・ヨーコに向けると同時に世界中の女性に向けた彼の遺作「WOMAN」のように)、ドン・キングだけでなく過去の全ての先駆者と偉大なクラフトマン達に捧げたいと思います。
いつの時代になっても、伝説だけは色褪せませんように・・・。

独りよがりの自己満足で長々と書いてしまいましたが、以上、追悼作品「Time goes by, but the legend remains forever」の紹介でした。
最後まで読んでくださった方、どうもありがとうございました。